難波裕美のひとり言

難波裕美

頌栄企画 マネージャー

難波 裕美

  • ・厚生労働省認定葬祭ディレクター
難波裕美のひとり言
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女性同士
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難波裕美のひとり言

女性同士

私がS子さんと初めてお会いしたのは、去年の秋でした。
葬儀の事前相談をされたいとの事で、お電話がありました。そして、担当者は女性が良いとの希望がございましたので、私が担当をさせて頂きました。
後日、御自宅にお伺いをし、S子さんのお話を暫く聞いておりました。
私は、その途中で『あの~ご自分の事ですか?』と質問をしました。すると『はい私自身なんです。病気が再発して、いつどうなるか分からないし...家族に迷惑 を掛けないように、きちんと準備をしておきたくて...』『子供達もまだまだお金が掛かるので、出来るだけ子供達の為にもお金を残しておいて上げたいし...』私 は尋ねました『どうして担当者が女性でないと駄目なんですか?』S子さんは『女性同士の方が色々と分かってくれるでしょ!男性じゃ、私の気持ちを理解して くれないから。』そうおっしゃいました。
ご自分が亡くなられた時に、着たい着物があるとS子さんはおっしゃいました。私は『看護師さんに、その事をお伝えしておいて下さい。そうすれば、お体を綺 麗にして下さった後に着せて下さいますから。』とお伝えしました。そして、S子さんは『あっそれから、抗ガン剤で髪の毛が抜けてしまってて、今カツラなん です。だから先ずカツラをちゃんと着けて下さいね。(笑)』淡々とお話を続けられました。『それと、遺影写真はこちらかこちらが良いかな?』等々。
そして全てご意向をお聞きし、事前の御見積書を作成させて頂きました。
S子さんは、帰り際『今日せっかく来て頂いたけど、もしかしたら長生きしちゃうかもしれないわよ。もし長生きしちゃったら、ごめんなさいね。』笑いながらそうおっしゃり、私を見送って下さいました。

S子さんの笑顔に見送られて約半年が過ぎた頃、私の元に連絡が入りました。S子さんが亡くなったと...。私は急いでS子さんの御自宅に向かいました。病院か ら帰って来られたS子さんは、私に見せて下さった着物をきちんと着、カツラも着けていました。でも、そこに笑顔はありませんでした。

S子さんのご主人が『全て難波さんに任せてあるから安心よ。と妻が言ってました。宜しくお願いします。』と私に頭を下げて下さいました。
そして、以前S子さんとお話をさせて頂きながら作成した御見積書を参考に、御家族とお打ち合わせをさせて頂きました。途中途中でご主人は席を離れ、ご主人 が離れている間は、ご主人のお姉様が意見を述べられました。"これはもっと安い物で良いんじゃないかしら?""これは必要無いのでは?"等々。ですが最終 的には『喪主に聞いて決めましょう。』そうおっしゃり、ご主人が戻られ確認をすると『S子が難波さんと話をして決めた事だから...S子がこれが良いと思って 決めた事だから...。S子らしいよ。』ご主人は少し微笑み、私に任せて下さいました。
最後に遺影写真をお預かりしようと思い、『あの~遺影写真なんですが...』するとご主人が『この写真が良いかな?と思ってるんだけど。』と、お写真を手に取 り、私に見せて下さいました。私は間髪入れず『このお写真ではありません。S子さんから私は、「遺影写真はこれが良いんだけど。」とお写真を見せて頂きま した。ですから、そのお写真がどこかに有るはずです。写真館で撮られた四つ切りサイズで、額に入っているお写真です。』すると息子さんが『あの箱の中に 入っているのじゃない?』そう言いながら、2階に上がり『有った有った。これですか?』と下りて来られました。私は『はい。こちらのお写真です。』『それ から、ご自分で御礼状を作られるとおっしゃっておられましたが...』そう問い掛けると、息子さんが『それは入っていません。』私は『S子さんとお話をさせて 頂いた時に、パソコンで作られるとおっしゃっていました。パソコンに入っていませんか?』また息子さんに問い掛けました。すると息子さんは『入っていませ ん。』とおっしゃり、ご主人と息子さんで『御礼状は、既製の物でお願いします。』と私におっしゃって下さいました。

お通夜の日になり、式場にS子さんをお連れする為、私は午後になり御自宅にお伺い致しました。寝台車にS子さんをお乗せし、御自宅から寝台車が出発しよう としたその時です、一人の女性が私に走り寄って来られ、『妹はいつから難波さんに、自分の葬儀の相談をしていたのですか?』そう私に尋ねてこられました。 その方は、S子さんのお姉様でした。私が『去年の9月です。』そう答えると、お姉様は『そうですか、そんなに前から妹は覚悟をしていたんですね...。』お姉 様は涙を浮かべ、S子さんと私が話した内容を事細かに書いてある、S子さんから預かったノートを、私に見せて下さいました。

私は、お通夜・告別式、両日に渡り、常にS子さんに問いかけていました。"私はS子さんが全てを託して下さった思いに、きちんと応えられていますか?御家族が私を信頼して下さっている、そのお気持ちに応えられていますか?安心して下さっていますか?"

私は葬儀に携わり十年以上経ちますが、生前予約をされたご本人の葬儀というのは、初めての経験でした。直接ご本人とお会いし、笑顔で送って下さった方の葬儀は、本当に辛く、そして重圧の中での仕事でした。

葬儀が済み、一週間ほどが経ち、私はS子さんの御自宅にお伺いしました。その時にご主人が『S子が、自分が死んだらこの箱の中を見てね。そう言ってS子か ら、渡された箱があるんだけど...中々見れなくてね...でも、昨日やっと見る気になって...箱を開けて見たら、そこには毎年毎年、子供達一人一人の誕生日毎に渡 す手紙が入っていたんですよ。S子は、本当に凄い人でした。』そう私に話して下さいました。
S子さんは、ご自分の人生の最後を、全てを、私を信頼し託して下さった。本当に凄い方だと、私も思いました。"女性同士だから"その言葉から始まり、S子 さんの御葬儀のお手伝いをさせて頂けた事を誇りに思うと同時に、この様な貴重な経験をさせて頂けた事に、心から感謝を致しました。
多分、この様な経験は二度と出来ないのでは無いでしょうか...。
私は、そう思いました。
S子さん、本当に有難うございました。
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